強迫性障害とは
強迫性障害(Obsessive-Compulsive Disorder; OCD)は不安障害の一型で、その病態は、強迫観念と強迫行為に特徴づけられます。
強迫観念は無意味ないし不適切、侵入的と判断され、無視や抑制しようとしてもこころから離れない思考や衝動およびイメージなどで、強迫行為はおもに強迫観念に伴って高まる不安を緩和および打ち消すための行為で、そのばかばかしさや、過剰であることを自ら認識してやめたいと思いつつも、駆り立てられる様に行う行為です。
具体的には、トイレのたびに「手の汚れ」を強く感じ、それをまき散らす不安から執拗に手洗いを続けたり、泥棒や火事の心配から、外出前に施錠やガス栓の確認を切りがなく繰り返したりします。
フロイトに始まる精神分析の中では、「強迫神経症」として精神分析的・心理学的見地から研究や臨床の対象とされ、精神力動論による成因理解がなされてきました。しかし1960年代以降は神経生物学的観点からの成因や病態の解明が進展し、さらにはSSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)や認知行動療法の有効性が検証されるにつれ、神経症概念の範疇では捉えきれなくなってきました。このため、1980年に改訂されたアメリカ精神医学会の診断基準であるDSM-III において疾患名は「強迫性障害」に変更され、操作的診断基準によって疾患概念が明確化されました。
以後の研究では、とくに精神病理や病因、脳機能、治療など多角的観点から強迫性障害の多様性が注目され、強迫性障害を均一的疾患とみなすことの限界が明白となっています。そのため、DSM-IVでは持続的に症状の不合理性に関する「洞察に乏しいもの」が、WHOが定める診断基準のICD-10では「強迫思考を主とするもの」「強迫行為(強迫儀式)を主とするもの」および「両者が混合するもの」というサブタイプがそれぞれ採用され、治療法選択や予後判定の基準として試行されています。
1960年以前、強迫性障害の一般人口中の有病率は、0.05%程度と考えられていましたが1)、DSM-IIIで操作的診断基準が導入されて以降、これに準拠する信頼性の高い診断を行う為の構造化面接法が開発され、疫学研究が進展し、データに変化がみられます。
たとえば、1980-1983年にかけ実施されたアメリカ国立精神衛生研究所が作成したDiagnostic Interview Schedule (DIS)2)によるNational Epidemiological Catchment Area Surveyでは、強迫性障害は、恐怖症や物質関連性障害、うつ病などに次いで高率に見られ、6ヶ月有病率は16%、その生涯有病率は2.5%と報告されています3,4)。Weissmanらが4大陸(プエルトリコ、カナダ、米国、ドイツ、台湾、韓国、ニュージーランド)で行ったDISによる国際的疫学調査では、12ヶ月有病率は1.1-1.8%、生涯有病率は1.9-2.5%と、それぞれ0.4%、0.7%の台湾を除けば、大きな地域差を認めませんでした5)。それ以外の国や地域でも、DISで診断したDSM-IIIの強迫性障害の生涯有病率は概して2%程度で、その出現に関しては宗教や経済面の相違など社会文化的背景による影響は少ないものと考えられました5,6)。
その後、国際比較診断用構造化面接(Composite International Diagnostic Interview; CIDI)が様々な国や地域、文化圏に対応しうる面接法として開発されました7)。このDSM-IV版を用いた様々な地域の疫学調査によれは、一般人口中の生涯有病率は0.5-2.0%であり、地域差はDSM-IIIの場合と同様に少ないことがわかっています8)。一方、DSM-IIIに準拠した場合に比べて、DSM-IVでの有病率は、おおむね低率の傾向にあります。さらに強迫性障害の診断閾値に達しない程度(閾値下)の強迫症状を有するものが、一般にも相当数いることが指摘されていますが6,9)、強迫症状の重症度は経過中しばしば変動することから、この中に、一時的に診断域に達する場合があるものと考えられます。この様に、従来報告されている強迫性障害の有病率では、
1) 適用される診断基準や閾値
2) 調査方法(面接法や評価者の熟練度、調査手段(対面式か電話かなど))に加え、
3)対象者の構成(年齢、性別など)
4) 強迫症状の特性(症状や重症度の時間的変遷)
などの影響も考慮しなくてはなりません10,11)。
我が国においては、一般人口中の強迫性障害の有病率に関するデータは多くはありません。大学生424名中のDSM-III-Rの強迫性障害を有する割合は、1.7%とされています12)。また約4,100名の一般住民を対象とした、川上による「こころの健康についての疫学調査」(世界精神保健日本調査)では、強迫性障害の有病率は明らかではありませんが、不安障害全体の生涯有病率は9.2%でした13)。一方、東京、大阪、京都の三つの大学付属病院における精神科総初診患者さんのうち強迫性障害の割合は、0.51-1.37%とされています14)。同様に近畿圏の大学付属病院8施設を含む9つの総合病院精神科において調査した結果では、総初診中の強迫性障害患者さんの割合は、1.75-3.82%でした15,16)。これらは、フランスでの精神科外来患者を対象とした調査において17)、強迫性障害患者さんの割合が9.2%であったのに比べてきわめて低率といえます。このことからは、我が国では、強迫性障害の患者さん自体が少ないか、または強迫性障害患者の精神科受診率がいまだ低率であるかの可能性などが推測されます。この点、川上の研究によれば、過去12カ月間に何らかの精神障害を経験した方の約17%、いずれかの不安障害では約19%程度しか、医療機関などを受診・相談していませんでした13)。この受診率は、米国や欧州の多くの国々に比べるとかなり低く、さらに不安障害患者が選択した受診先は半数以上が一般医であり、精神科は約7%に留まっていることも明らかになっています。すなわち我が国では、重症でありながら受診行動に至っていないものも相当数いて、加えて精神科を受診することへの躊躇も、依然強いものと考えられます。この様に、現在のところ、我が国の一般人口中における強迫性障害患者数や有病率の確かなデータは見られませんが、おおむね欧米と同様に1-2%程度、すなわち50-100人に1人、日本の総人口に換算すれば、100万人強の強迫性障害患者の存在が推定されます。
強迫性障害では、その原因や発症に関わる特異的な要因は、いまだ特定されていません。
しかし、不況や新型インフルエンザの流行など、不安が増大しやすい現代の社会情勢では、自らを、あるいは大事なものを守ろうとする過度の防衛反応として、強迫的思考や行動が誘発されやすい可能性があります。また多くの患者さんが、対人関係や仕事上のストレス、妊娠・出産などのライフ・イベントが、発症契機となります。これらと、何らかの脆弱性要因、たとえば神経生物学的、あるいは性格など心理的要因との相互作用を介し、発症に至るものと考えられます。この様な強迫性障害に「なりやすい要因」とされているものには、次の様なものがあります。
精神分析理論に基づいた「強迫神経症」の概念では、その発現は肛門期という発達段階への固着と退行によるものと解釈されます。倹約、頑固、几帳面、責任感といった、いわゆる強迫性格についても、同様の精神分析的解釈がなされ、これが「強迫神経症」と連続的で、その発症の基礎性格をなすと考えられます。しかしDSM-III以降のcomorbidity study(併存症研究)では、極端な強迫性格と一貫する強迫性人格障害(obsessive-compulsive personality disorder; OCPD)は、ほかの性格傾向よりは強迫性障害発症に関係しうるが、必ずしも必要条件ではなく、両者の特異的関連性は否定的と結論付けられました18)。一方、OCPDを構成するいくつかの人格要因の中でも、完全主義や細目へのこだわり、溜め込みなどは、ほかの不安障害(神経症性障害)と比較し、強迫性障害に顕著でした19)。さらに完全主義をより詳細に検討した場合、「ミスへの過度のとらわれ」や「自身の行動への疑い」など、その一部の精神病理では、強迫性障害との特異的関連を認め、中でも洗浄強迫に比べ確認強迫でより高度でした20)。この様に少なくとも完全主義など、OCPDを構成する一部の精神病理は、強迫性障害の発症に関連する可能性がありますが、それが強迫性障害全般にわたるというよりは、対称性や正確性の追求、それによる確認、整理整頓、保存などの強迫症状を特徴とするものに、より特異的に関与するものと推測されます。
強迫性障害において、これらの病因的関与を裏付ける十分かつ一貫した知見は、いまだ得られていません。しかし健常者を対象としたいくつかの家族研究では、強迫性障害患者さんの第一親等親族において、診断閾値に達しない程度、すなわち著しい苦痛や機能障害を伴わないものを含めた強迫性障害の罹病率、さらには不安障害全般の危険率がより高度であったとされます21)。とくに若年発症例では、家系内集積性がより明らかな傾向であり、発症における遺伝要因の比重が高まる可能性が考えられます22,23)。また強迫性障害とチック障害、あるいはトウレット症候群とは、家族性、遺伝学的相互関連が推定されています24)。すなわち、これらの障害をもつ患者さんの親族には、強迫性障害が高率にみられ、同様に強迫性障害の親族には、チック障害などの出現が高率とされています25,26)。この傾向は、患者さんが若年発症であるほど顕著であり、とくに18歳未満の発症では、それ以降に発症した患者さんに比し、親族における閾値上ないし閾値下強迫性障害の発病危険率が、約2倍であったとされます。一方遺伝子研究では、最近のゲノムワイド関連解析により、強迫性障害自体、若年例、ないし保存症状の疾患感受性遺伝子の報告もなされていますが27-29)、いまだ知見は乏しく特異的遺伝子の解明は十分なされていません。
強迫性障害では、パーキンソン病、トウレット、シデナム舞踏病など、大脳基底核におけるドーパミン系機能異常を伴う神経精神疾患との関連性が指摘されています21)。また児童期のA群β-溶血連鎖球菌感染症による上気道感染はリウマチ熱を合併し、その後期症状として、舞踏様運動とともに、高率に強迫症状を呈します。この感染に伴う異常な自己免疫反応による線条体の形態的、機能的異常を介し、小児期強迫性障害やチック障害などの急性発症に病因的役割を担うことが推定されています30)。この様に、神経免疫機能と強迫性障害との間には何らかの関連が推定されますが、この感染が、常に強迫性障害の誘因になるわけではなく、その機序や特異性などについては今後の検討が待たれます。
その他、強迫性障害における神経生物学的病態として、脳形態的特徴や神経回路、神経化学システムに関するものがあります。これらには、強迫性障害出現に伴い二次的に出現するものも含まれるが、たとえば前頭葉や基底核領域の損傷が、強迫性障害発症に先行することもあり、また強迫性障害患者さんの脳形態学的画像研究では、淡蒼球や両側尾状核の体積減少など基底核の形態学的変化を、おもに若年例を中心に認められます31)。神経回路の中では、「皮質‐線条体‐視床‐皮質」回路が注目され、神経化学的には、セロトニン、さらにはドーパミン神経系の機能異常の関与が明らかにされています。
強迫症状には様々な内容があり、通常それぞれ関連の強い強迫観念‐強迫行為の組み合わせとなっています。
しかし中には、性的なイメージなど純粋に強迫観念のみ出現する場合や、強迫行為(儀式行為)を主としてこれを裏付ける強迫観念が明確でない場合もあります。強迫症状の内容と、本邦の強迫性障害患者さんにおける出現頻度を表1に示します。汚染/洗浄、確認などの症状が最も高率で、欧米とほぼ一貫した傾向であり、強迫症状の出現様式において社会文化的影響は少ないものと考えられます。
汚染の心配-掃除や洗浄 | 40-45% |
---|---|
人や自分を傷つける心配(攻撃的-確認) | 30% |
正確性の追求-確認や儀式行為 | 30% |
数字へのこだわり-数を数える | 15% |
対称性へのこだわり(魔術的思考)-儀式行為 | 10% |
無用なものへのこだわり-保存 | 5-10% |
その他 | 20% |
強迫症状の中で、汚染/洗浄、確認に関するものの具体例を示します。
汚染/洗浄
例) トイレの後、なかなかきれいになった気になれず、手洗いやシャワーを繰り返してしまう。
例) 公共のもの(たとえばつり革など)にさわると、ウイルスなどの感染が心配となり、何度も手を洗う。
確認
例) 自分の不注意で火事を起こしたり、泥棒に入られたりすることを心配して、ガス栓や玄関、窓などが正確に閉まっているかの確認をくりかえす。
例) 運転中、誰かを誤って轢かなかったか、または歩いていて子供や老人とすれ違った時に、転ばせたり、ケガをさせていないかを心配し、ひき返したりして何度も確認する。
多くの場合、強迫性障害患者さんは初診時には強迫症状に強い苦痛を感じており、無視したり抑制したり、止めようと努力していたり、少なくともその意志を示すが、不安に強くとらわれ、無視や行為を中断するなど制御や抵抗が難しい状態にいます。または不安に圧倒され、抵抗しようと思う余裕すらない状態にいることもあります。このため、多くの場合は、不安が引き起こされる状況を避け(回避)、さらに約1/3では、確認を強要したり保証を繰り返し要求したりして、しばしば家族など周囲を症状に巻き込んでいます。
強迫性障害患者さんでは、ほかの精神障害の併存をしばしば認めます。中でもうつ病が最も多く、初診時の約30%では併存が認められ、そしてその生涯有病率は70%程度とされます15,16, 32, 33)。これは強迫性障害発症後二次的に出現することが一般的であり33)、うつ病を伴う強迫性障害患者中、64-85%では強迫性障害の発症が先行していたというデータがあります15,16)。すなわち、強迫性障害患者さんに見られるうつ病、あるいは抑うつ状態の大半は、強迫性障害により生じる精神的葛藤や疲労、日常や社会生活上の機能的問題などと関連し出現するものと考えられます。
強迫性障害の主要な治療は、SSRIを主とした薬物、および認知行動療法です。
さらに病気自体や治療および対処などについて、患者さんや家族などに十分な理解をうながす心理教育は、治療的動機づけを高めかつ周囲からの一貫した支持を得て安定的治療環境を構築するうえで重要です(表2)。
DSM-IV によるOCDの診断と評価 心理教育 症状の患者や家族の理解を高め、治療意志を強化する 薬物療法 クロミプラミン(アナフラニ-ル):50-250 mg/日 フルボキサミン(ルボックス、デプロメール):50-250 mg パロキセチン(パキシル) :10-50 mg/日 認知行動療法 曝露反応妨害法 |
個々の患者さんの治療は、症状の特性や精神病理、治療的動機づけの程度などを考慮し選択します。薬物療法と認知行動療法にはそれぞれメリット・デメリットがあり、たとえば薬物は、導入や継続が容易で即効性が期待される反面十分な反応が得られない割合が比較的高く、副作用や中断時の再発が問題となります。一方認知行動療法は、より有効性が高く効果の持続性や再発予防に優れますが、導入やアドヒアランスには、患者さんの状態や動機づけの程度などが大きく関わり、その効果は治療者の経験や技量にも影響されやすいという問題があります。実地臨床の多くでは、うつ病の併存などで認知行動療法は当初困難であり、薬物を先行させ、治療的動機づけを強化確認後、認知行動療法に導入するといった併用療法が一般的です。
薬物療法の第一選択は、強迫性障害の保険適応を有しているSSRI(フルボキサミン、パロキセチン)、あるいはクロミプラミン(アナフラニ―ル)などの強力なセロトニン(5-HT)再取り込み阻害作用をもつ抗うつ薬です。SSRIの副作用は、三環系などほかの抗うつ薬に比し軽度で、より安全性に優れるが、吐き気や不安増強などを一過性に認めることがあります。長期投与の場合、性機能低下などに注意します。以下に処方例を示します。
処方例
下記のいずれかを、効果や副作用を確認しつつ漸増し、維持用量を決定する。
1) デプロメール錠、またはルボックス錠(50mg) 1-5錠 分1-3
2) パキシル錠(10mg) 2-5錠 分1-2
3) アナフラニ-ル錠(25mg) 2-10錠 分1-3(保険適用外)
これらの効果が不十分な場合、診断の再確認など原因を検討して治療法を再考する。薬物療法では、ほかのSSRIへの変更、SSRIに少量の抗精神病薬を付加投与する方法などを試みる34)。また観念のみ認める場合、認知的歪みや洞察の修正、治療的動機づけの強化などが必要な場合などでは認知療法が、心理・社会的、人格的要因などの関与が考えられる場合では家族療法などほかの精神療法が、それぞれ有効となる。以下に処方例を示す。
処方例
下記の4)-7)は、いずれも保険適用外ではあるが、処方例1)か、2)のいずれかに追加投与することが試され有効性が検証されている。処方例4)の場合、クロミプラミン(アナフラニ-ル)の血中濃度が数倍に上昇する為、心電図などで副作用に十分注意する。
4) アナフラニ-ル錠(25mg) 1-2錠 分1-2(保険適用外)
5) リスパダ-ル錠(1mg) 1-3錠 分1-3(保険適用外)
6) ジプレキサ錠(2.5mg) 1-2錠 分1-2(保険適用外)
7) セロクエル錠(25mg) 2-4錠 分1-3(保険適用外)
最近では、エビリファイ(アリピプラゾール)を付加投与する方法の有効性も報告されている。
曝露反応妨害法を用いることが多く、これまで恐れ回避していたことに直面化し(曝露法)、不安を軽減する為の強迫行為をあえてしないこと(反応妨害法)を継続的に練習します。その効果には、洞察や治療的動機づけの程度が影響する為、予めこれらを評価し適応を判断します。導入時には行動分析が重要であり、症状がどの様な場面や刺激により出現し、どの様な観念が生じて不安になるか、どの様な行為や回避を伴い、家族など周囲の巻き込みはあるか、日常や社会生活への影響はどの程度かなどを明確にして、治療目標を具体的に決めます。課題設定は、通常不安階層表(ヒエラルキー)の不安値の低いものから順次行うが、患者さんがいちばん治したいもの、生活や社会的機能に関連し治療効果を実感しやすいものなどを、優先させる場合もあります。当初はおおむね治療者主導ですが、自ら課題を考え、問題を分析し解決する方法を模索するなど、徐々に自己制御へ移行することが重要です。
1 | 先行刺激と観念、不安、行為の行動分析 |
---|---|
2 | 対象とする症状や治療目標の明確化 |
3 | 症状を止めやすいと思う順番に難易度をつけて、不安階層表を作成 |
4 | 難易度の低い課題から開始する。この際、どの様な方法で、どの様に考えて、またいかに回避せず挑戦していくかなどを、治療者と十分に話し合い実行を約束する。 |
5 | ホームワークとセルフ・モニタリング |
6 | 課題が達成できれば、より難易度の高い課題に進み、達成困難な場合には、その原因を検討し修正していく。当初は動機づけや支持、説明など、治療者主導で進めることが多い。しかし患者自身が課題を考え、自分の問題を分析し、反省と理解のうえで、修正したり解決する方法を模索したりするなど、徐々に自己制御に向けていく。 |
強迫性障害患者さんの治療予後を長期的にfollow-upした研究はいまだ多くありません。
我々の研究では、上述した心理教育、薬物療法、そして認知行動療法を組み合わせた治療を一年間継続した場合の強迫性障害患者さんの平均改善率、すなわちYale-Brown Obsessive-Compulsive Scaleで評価した重症度得点の減少率はおおむね50%程度でした。この中で薬物療法に関しては、従来、SSRIなど第一選択の抗うつ薬に中等度以上の反応性を示す患者さんの割合は約50%と考えられています。薬物療法に対する反応性の予測因子としては、
1)男性でとくに早発例
2)罹病期間が長期
3)対称性へのこだわり/儀式行為、物の溜めこみ、性的、宗教的などの純粋強迫観念などの強迫症状
4)症状に関する奇異な信念や魔術的思考の存在
5)全般性不安障害、あるいは全般性に特定される社交恐怖の併存
6)チック障害との関連性
7)統合失調型人格障害の併存
などがあり、これらの要素を認めた場合はSSRIに対する抵抗性が予想されます35)。最近では、SSRI抵抗性の患者さんの1/3~1/2に対しては非定型抗精神病薬などの付加投与が有効と考えられています。しかし一旦薬物が奏効しても、自己中断などで服薬が途絶えた場合落ち着きのなさや悪心などSSRIの離脱症状に注意を要するとともに、再発率が70~90%と高率であることから十分な服薬アドヒアランスが維持されるよう配慮することも大切です。また治療により強迫症状が改善した場合、どの様に薬物の減量・中止を図るかについて、いまだ統一された見解には至っていません。一般的に、有効な薬物療法を1-2年間は継続することが必要とされ、減量する場合、状態を観察しながら緩やかなペースで、具体的には1-2カ月かけ10-25%を減量する程度が推奨されています36)。
一方、認知行動療法については前述したように、その導入やアドヒアランスには、患者さんの状態や動機付けの程度などが大きく関わってきます。もしプログラムの継続・完了が達成されれば、60-90%に何らかの改善をもたらし、そのうち75%では、その有効性が長期的に維持され、さらに薬物療法のみの場合に比べ、高い再発防止効果が期待できます。すなわち、いずれ薬物を減量していく場合でも、認知行動療法を予め学習し、曝露(不安の対象や状況への直面)、そして反応妨害(強迫行為の制御)を維持できれば、不安の増大や症状の再燃は、かなり予防できるものと考えられます。
最近では、強迫性障害に対する有効な治療法がいくつか確立され、個人差はあるものの、受診に至り治療が継続できた患者さんの多くでは、生活全般における支障の軽減や、社会的適応能力の改善が認められます。
一方で、強迫性障害による様々な困難を抱えながら、自宅外に感じる汚染や施錠の心配などから外出もままならず、受診自体が難しいケースも少なからずあるものと思われます。この為、まず家族は、患者が受診に至るよう粘り強く応援していくことが必要であり、治療に対する同意や意思を高めるうえで患者さんと十分に話し合い、心配や希望を伝え、「適切な治療により、良くなる可能性があること」など、前向きで正確な情報を伝えていくことが望まれます。中には、家族が患者さんの希望通り振る舞うことを強いられ、様々なルールや縛りの中で、不自由な生活に陥っている状況もしばしば見られます。しかし通常、要求に応えていっても切りがなく、かえって患者さんが「完璧な納得」を突き詰める中で不安焦燥が高じ、意のままにいかなければ時に暴力行為に至ることがありえます。さらに家族には、長時間拘束され疲労困憊するなど、心身に大きな負担がかかるものとなります。この場合、まず患者さん自身は、他者を巻き込みコントロールすることが、結局は自分の思うように終結できず、さらに不安焦燥を招く不安定要因となりうることを知ることが重要です。一方家族は、しばしば患者に対し過度の責任感や罪悪感を抱いており、要求に応えることが患者さんのためと考える傾向があります。しかし患者さんの要求がますますエスカレートし(言い方や表情など)、対応できなくなると、これが患者さんの不安や怒りを増幅させるといった悪循環に陥ります。この様な巻き込みによる不安増強過程や、要求に応えることの不合理性、非現実性を患者さん、家族双方が理解することが必要です。
強迫性障害は病気であり、性格や意志の弱さなどではありません。「自分の為に治す」という決意と目標を持ち、適切な努力を諦めず続ければ、治癒や軽快する可能性は十分あります。薬物は治療の要であり副作用も一時的で安全性も高いものですが、効果発現にある程度の期間を要するため、自己判断せず規則的服薬を継続しましょう。治療は長期にわたる場合があるので、目先の状態に一喜一憂しないで長期的な目標をもって治療にのぞみましょう。
治療を求めかつ継続するように患者を支え励ますことです。そのためには病気の理解に努め、病気について患者さんを責めないようにすることです。患者さん本人に対する過度の罪悪感や責任感は無用であり、継続できる一貫した応援を心がけ、焦らず気長に見守ることです。症状への巻き込みなど周囲にかかる負担は大きいことを覚悟して、接し方や対処法を主治医に確認すること、などの点が大切です。
現行の強迫性障害治療に個々の患者さんが示す反応性や、奏効する、あるいは必要となる治療法は決して一律ではありません。
すなわち、近年、症候学的、精神病理学的特徴、及び成因や病態生理、さらには有効な治療法やその反応性など多角的観点から、強迫性障害内の多様性が支持され、これを現行の単一的、均質的診断カテゴリーとしてとらえることの限界が明らかとなりつつあります。これを説明する為の次元的分類法として症状軸(symptom dimension)があります37,38)。これは、
1) contamination/washing & cleaning (汚染/洗浄)
2) symmetry/ ordering & repeating rituals (対称性/整頓・繰り返される儀式行為)
3) forbidden (aggressive) thoughts/ checking (禁断的(攻撃的)思考/確認)
4) hoarding(保存)
などの各dimensionにより構成されます。この症状構造は、社会文化的背景や年齢などの影響を受けずおおむね安定的であることから37,39)、それぞれの発現に、本質的で特異的神経生物学的機序が介在している可能性が示唆されています。これをふまえ、symptom dimensionを基準とした、個々に適用する治療法の合理的選択が試行されています。たとえば、汚染/洗浄や禁断的思考/確認などのdimensionが優勢であれば、SSRIや認知行動療法など定型的治療の適応となり、これにある程度反応するものと予測されます。一方、対称性/整頓・繰り返される儀式行為dimensionは、若年発症やチック障害などとの関連性が強く、ドーパミン系機能異常のより密接な関与が推定されています。実際、これが高度であれば、SSRIへの抵抗性が予測されますが、非定型抗精神病薬の付加投与はしばしば有効です。またこのタイプでは、何かを完全に、対称的に、または正確性を追求するがあまり、ある行為を儀式的、常同的に繰り返し、思う様に完了するまで行動できなくなる状態、すなわち強迫性緩慢を呈することも少なくありません。この様な患者さんに対する認知行動療法では、かたくなで非機能的な認知パターンの修正がしばしば必要となり、行動療法では曝露反応妨害法以外の技法、たとえばシェイピングやモデリング、ペーシング、儀式短縮化訓練などが推奨されています。同様に保存dimensionが高度であれば、しばしば強迫的保存(溜め込み)症 (compulsive hoarding) と呼ばれる状態を示します。この自我親和的特性から、不合理性の洞察を明確に有する場合は少なく、まずは認知面に対する直接的治療介入がしばしば必要となります。さらに、多くの場合はSSRIなどの薬物や定型的な認知行動療法に抵抗性であり、非定型抗精神病薬などの付加的治療に対してもその反応性は十分とはいえません。最近では、保存症状に特化した認知行動療法プログラムが提唱されています。この様に、symptom dimensionなど、ある臨床的指標を基準として、治療反応性を予測するとともに、個々に有効な治療法をより的確に選択し実行していくことが、今後の重要な課題といえます。しかしながら、より妥当で実用的な分類基準の必要性とともに、現行の治療オプションの限界や問題点も明らかで、今後、エンド・フェノタイプといった成因、あるいは発現機序、サブタイプの解明などがより進展して、強迫性障害の病態仮説にも新たな展開や見直しが加えられ、更なる治療法の提言、開発などが進められるものと期待されます。
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